第10章
北からの便り


(1)

 郊外では、まだ物陰に薄汚れたまま残っていたが、中心部では顔を出した太陽が都会のほとんどの雪をあっという間に消し去ってしまった。
 しかし、風もあって空気も冷たい。
 美緒は、毛皮の襟に顔を埋めるようにして出勤した。
 佐々見が事件に遭ってから三日目のことである。
 先ず、三十五階の部長室へ顔を出してクラントンに休みの詫びを言ったが、
「なに、それも仕事のうちだ」
と受け流してくれた。
 クラントンの秘書である北嶋麗子は、佐々見の怪我の様子もさることながら、美緒の体調を気遣ってくれた。
「おかげさまで元気一杯よ。佐々見さんの仇を討たなくちゃ」
「それならいいけど。あまり無茶をしないでね」
と笑った。
 その後で、部員全員に経過を報告し、佐々見に代わって見舞いへの礼を述べた。
 病院へは、調査部の人間はもちろん、他部署の社員も入れ替わり立ち替わり見舞いに訪れていた。
 デスクの上には、若い女性部員によって決裁を要する書類が運ばれてきて積み上げられた。
 もちろん、難しいものや急ぐものは部長室へ回されて、美緒の代わりにクラントンがサインをしていたが、それでも多くの書類がたまっている。
 それを一件ずつ丁寧に見ながら、次々とサインをしていく。
 その間にも、指示を受けに来る部員や、相談事もあって時間はあっという間に過ぎていった。
「大奮闘ね」
 声に気がついて顔を上げると、コートを抱えた麗子が立っていた。
「どう、ひと休みして食事に行かない?」
「あら、もうそんな時間?」
 時計を見ると、午後一時近くになっていた。
「行きましょうか」
 デスクの上の書類を背後にあるキャビネットに片づけて鍵をかける。
「外は寒いわよ」
と言われて、ロッカーからコートを取り出した。
 バッグを手にした時、携帯が鳴った。
「若狭ですが」
「ああ、神奈川県警の山鹿です」
「山鹿警部?」
美緒がチラッと麗子の顔を見た。
「このたびは大変でしたね。その後、佐々見さんはいかがですか」
「ありがとうございます。おかげさまで順調に回復しているようです」
「それはよかった。ところで、ちょっとお話ししたいのですが時間はよろしいですか」
「はい。これから食事に出かけるところですが、その後でしたら」
 横浜から来るのだと思って、そう答えた。
「じゃあ、二時くらいに伺います。いま、赤坂中央署に来ていますので」
「赤坂中央署に?」
 神奈川県警の警部が、どうして赤坂中央署に来ているのか不思議に思った。
 まさか、佐々見の件が神奈川県に関係あるとも思えない。
「わかりました。お待ちしております」
 電話を切ると、
「なに、横浜の警部さんが来るの?」
 麗子も知っている名前なので訊いてきた。
「そう、いま赤坂に来ているんですって」
 二人は、エレベーターで一階まで下りる。
「最近できたお寿司屋さんがあるの。まだ行ったことはないんだけど美味しいって噂よ。そこに行ってみましょう」
 それが、美緒を誘った目的らしい。
 ふたつほど先のビルの地下に、その店はあった。
 広くはないが混雑する時間は過ぎていて、店員も愛想よく迎えてくれた。
 昼間から寿司を食べることなど滅多にないが、ここではランチメニューがあって思ったより値段も安かった。
 それに、ネタも新鮮でそこそこのボリュームもある。
 ちょっと食べ過ぎたかなと思いながら、帰りにはコーヒーショップによって時間をつぶした。
 美緒が自分のデスクに戻ってきたのは一時半頃で、再び書類の山を取り出してなんとか一段落をつけた頃、総合受付から山鹿警部の来社を伝えてきた。
 時計を見ると、二時きっかりであった。

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