第11章
毘沙門橋の遺体

(1)

 その日の朝、地元の岩手新聞の記者である佐伯秀隆は未明に下の橋町で発生したボヤ騒ぎの現場取材を終えて徒歩で社に向かっていた。
 佐伯は入社して三年目で、去年の秋に社会部へ配属になったばかりである。
 火災は、民家の塀を焦がしただけで記事にもなりそうになかった。
 社会部記者としては、もっと派手に紙面を飾るような事件を扱いたかったが、新米ではそうもいかない。
 それに、そんな大きな事件が日常茶飯事に起きる訳でもなかった。
 社は中の橋の袂にある。
 朝早く、まだ人通りもほとんどなく、二日ほど前に降った雪が凍てついていた。
 左手の岩手公園を吹き抜けてくる風が肌を刺すように冷たい。
 岩手公園は城趾である。
 盛岡城は、不来方と呼ばれていたいまの地に、南部信直が文禄二年(一五九三年)に、築城工事に着手した。
 それを引き継いだのが、盛岡藩藩祖と言われる南部利直である。
 利直は、この地を「盛り上がり栄える岡」になるようにとの願いから盛岡と改称した。
 その後、利直の三男である南部重直が引き継ぎ、実に着工から四〇年余りも経って寛永十年(一六三三年)に完成することになる。
 明治四年の廃藩置県によって廃城となり、その後、旧藩主の南部家に払い下げとなりほとんどの建物が解体移築された。
 明治三十九年に岩手県に貸与され「岩手公園」として開園した後、昭和九年に南部家から盛岡市に譲渡されている。
 通りと公園の間には中津川が流れている。
 佐伯は、その中津川に架かる毘沙門橋近くまで来て妙なものに気がついた。
 毘沙門橋は、明治時代に架けられた橋で、その名前から想像するような城に元々付属していたものではない。
 架橋以来、何度も濁流に流された橋である。
 中津川の中程に、中州のようになった箇所があり、雪に白く覆われていた。
 そこに、何か黒っぽいものが横たわっている。
 佐伯は、社へ帰るのをやめて橋に足を踏み入れた。
 真ん中辺りまで来て川を覗き込んだ。
「人間?」
 どうやら、それは俯せに横たわっている男のようであった。
 この寒空にコートも着てなく、黒っぽいスーツの上にうっすらと雪を被っている。
 コートのポケットから携帯を取り出すと、社に電話を入れた。
「なに、中津川に男の死体だと?」
 キャップの大声が、ガンガンと耳に響く。
「いや、死体かどうかわかりませんが」
「馬鹿野郎、好き好んで川の中に寝ている奴がいるか。お前、そこを動くな。警察にはこっちから連絡する」
 言いたいだけ言うと、キャップは電話を切った。
 それから、寒さに震えながら橋の上で待っていると、一〇分ほどしてサイレンを鳴らしながら一台のパトカーがやってきた。
 橋の袂で車を止めると、制服の警察官が二人でやってきて、帽子の庇に軽く手を当てた。
「死体らしいものってどこですか?」
と言いながら、川の中を覗き込む。
「ああ。あれか」
「酔っ払って落ちたのかねぇ」
と、のんびりとした口調で言いながら、どこか下りるところはないか目で探した。
 ひとりが公園側に渡って、川原へ下りて行った。
 冬場なので水嵩は多くはない。
 制服の警官は、靴を脱いでズボンを捲り上げると、裸足で川の中へ入った。
「うぇー、冷てえ」
 大きな声で悲鳴を上げ、足元に気をつけながら中州へ上がって行く。
 それから、しゃがみ込んで死体の状況を検分し始めた。
「どうだ?」
 橋の上に残った警官が訊いた。
 それには答えずに調べていた警官は、不意に立ち上がると
「事件かも知れねえ。本署へ連絡してくれ」
と怒鳴った。
「胸に刺し傷のようなものがあるんだ」
「わかった」
 橋の上の警官は、慌ててパトカーへ走って行った。
 それから二〇分ほどすると、何台もの捜査車両が駆けつけて、周囲は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
 盛岡西警察署の佐藤刑事に、美緒が電話をした日の午前中のことである。
 ただ、ここは管轄外であり、佐藤刑事たちが出動する要はなかった。
 そのために、美緒の電話に出ることが出来たが、情報は伝えられていたのである。

HOME PAGE    前頁 次頁