第12章
疑惑

(1)

 佐々見が退院したことで、美緒の病院通いは一段落したが、こんどは国立市にある自宅マンションに顔を出すようになった。
 毎日の食料を届けたり、たまには自分で料理を作ったりして大食漢である佐々見の胃袋を満たした。
「もう、飯くらい食べに行けますし、コンビニにも行けますから」
と、佐々見は遠慮したが、
「あたしが来ると邪魔なの」
 美緒に一喝された。
 そうかといって、仕事を放置している訳でもなかったし、出来る筈もなかった。
 なにしろ、シニア・インベスティゲーターという重職にある。
 美緒がサインをしなければならない書類は山のようにあるし、会議にも出席しなければならない。
 そういう合間を縫っての佐々見宅訪問であった。
 ただ、そういう多忙さを美緒は楽しんでいるようでもあった。
 一方で、トルネードネットに関する事件は、盛岡に向かった那珂川裕也からなんの情報もない。
 亜理沙も、たまに電話をしてくるが、
「彼は鉄砲玉だから」
と笑っていた。
 それから考えると、これといった進展は遂げていないようである。
 いずれにしても、もう美緒のような素人が手を出せる段階ではないように思えた。
 但し、保険金についてはなんとか結論を出さなければならない。
 そろそろ、営業部のほうも焦れてきている筈である。
 現在のところはクラントンのところで、止めているようだった。
 自分が納得がいかない限りOKのサインをしない美緒の性格を、クラントンは承知していたからである。
 しかし、それもいつまでもという訳にはいかないのは美緒にもよくわかっている。
 そんな悩みを抱えながら、佐々見が退院をしてから三日目のことである。
 いつものように、デスクに積まれた書類に次々と目を通してチェックを入れ、サインをし続けていた美緒が、ほっと一息ついたとき電話が鳴った。
「はい。若狭・・・」
 名乗る途中で向こうから、
「ミス美緒?」
と英語で問いかけてきた。
「私、リンダです。リンダ・シャープ」
「ミス・リンダ?」
「日本へ来る途中に、飛行機の中でお世話になったリンダ・シャープです」
「ああ・・・」
 美緒の顔の笑みが浮かんだ。
 休暇を貰って、ひとりでオーストラリアに旅をしたとき、急な呼び出しで帰国途中に、同席した老婦人である。
 息子が、北海道でリゾート事業を行っているとかで会いに行くという話だった。
「いまね、息子の案内で東京見物に来ているの。よかったらどこかでお会いしたいわ」
「あたしも、お会いしたいです。六時以降なら時間が取れますけど、ホテルはどちらですか」
 リンダが滞在しているホテルの名前を告げた。
 その名前は美緒も知っていた。
 六本木の旧防衛庁跡地を再開発して出来た複合施設があり、東京の新名所となった区域がある。
 ホテルはその一角にあった。
 南青山二丁目にあるPOCIからは遠くはない。
「わかりました。六時半までには伺います」
「お待ちしているわ。息子にもぜひ紹介したいし、きっとね」
 老婦人は、弾むような声で言って電話は切れた。
 美緒は、佐々見の家に電話をすると、急用があって今夜は行けない旨を伝えた。
「大丈夫ですよ。どこかに食べに行きますから」
 元気そうに言ったが、どこか寂しそうな感じである。
 やはり、毎日のように訪れてくれる美緒を楽しみに待っていたのだろう。
「まだ、先生のお許しが出ていないんだから、お酒は駄目よ」
 と、釘を刺しながら我ながらまるで彼の奥さんみたいだと思った。
「わかっています」
「あまり脂っこいものも食べないでね」
「はい、はい」
 そんな美緒を、近くにいた若い女性社員が見てくすくす笑い、気がついた美緒は慌てて「じゃあね」と電話を切った。

ダイエット


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