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第12章
疑惑
(3)
| 美緒がホテルを出たのは、もう九時に近い時間であった。 ホテルを出ると、すぐに地下鉄への入り口がある。 ここから十分足らずで新宿まで行き、そこで私鉄に乗り換える。 ビルのロビーを出ようとした美緒は、先程の草津という議員が秘書を連れて別のエレベーターから出てきたのを見た。 それを、ロビーで待っていた男が迎えて挨拶をしている。 「真倉さん」 間違いなく、それはトルネードネットの社長である真倉貴則であった。 真倉の事務所は、ここから近いビルにあり、ここにいても不思議はなかった。 ただ、さっき会ったばかりの草津と親しげに挨拶を交わしているのが美緒には気になった。 広いロビーなので、真倉が美緒に気づいた様子はない。 短い挨拶を交わすと、秘書が先導するような恰好で二人はエントランスを出て行く。 その前に、黒塗りの高級車が横付けされ草津と真倉は一緒に乗り込んだ。 美緒は、しばらく立ったまま走り去った車を見送っていたが、思う直したように地下鉄に向かって歩き出した。 ただ、親しげに会話を交わしていた真倉と草津のことが、なんとなく頭から離れない。 新宿で乗り換えて、自分のマンションに帰ってきてからも気になっていた。 それが何故なのか理由は美緒にもわからなかった。 着替えを済ませると、佐々見のところへ電話をした。 五、六回の呼び出し音があって佐々見が出た。 「夕食、ちゃんと食べた?」 「食べましたよ。久しぶりに中華料理をね。オーストラリアのお母さんと会われましたか」 佐々見は、会社では上司である美緒に対して言葉を崩さない。 「ええ、息子さんにも奥さんにも会ってフランス料理をご馳走になったわ」 そう言って、ふと思いついた。 「ねえ、草津って知ってる?」 「草津? 群馬県の」 「違うわ。代議士の名前よ」 「知りませんね。どこの選挙区ですか?」 「北海道って言っていたけど」 「じゃあ、知るわけないな。それがどうかしたんですか?」 「いえ、会食の席で会っただけなんだけど」 真倉と一緒だったことは言わなかった。 「じゃあ、明日はちゃんと病院へ行ってね」 「そろそろ会社へ出たいんですけどねえ」 「もう少しの辛抱よ」 それから、「お休みなさい」を言って電話を切った。 翌日、出勤すると早々に営業部のサブディレクターである春日居がやってきた。 「例の件の催促?」 機先を制するように美緒が訊く。 「いや」 春日居は頭をかきながら、 「催促というわけではないんですけどね。そろそろどうかと思って」 「ごめんなさい。でも、こっちも大変なのよ。殺人事件は絡んでいるし、佐々見さんまで襲われて」 「佐々見さんの具合はどうですか」 「お陰さまで、良くなっているわ。もう少しで出勤が出来そうなの」 「それは良かった。でも、佐々見さんまで襲われるようだったら、もうノーの判断を下してもいいんじゃあないですか」 「そうしたいけど、それにクライアントが関与していたって証拠がないの。証拠がないのに、お宅には払えませんとは言えないでしょう」 「それはそうですけどねえ。いや、うちも部長が苛立ってきていましてね。イエスかノーかはっきりしてくれって」 「わかってるわ。もう少し待って」 「まあ、なんとか部長を言いくるめましょう」 と、春日居が苦笑いをした。 「ああ、春日居さんは確か出身は北海道でしたよね」 ふと思い出して美緒が訊く。 「ええ、札幌ですが」 「草津って議員をご存知?」 「草津友幸ですか」 「下の名前は知らないけど」 「ぼくのところとは選挙区は違いますがいますよ。確か前回は選挙区で落選して比例区で返り咲いたんじゃあなかったかな。いまは開発省の副大臣をしていると思います」 「へえ、そんな偉いひとなの」 「偉いかどうかは知りませんがね」 と春日居は笑って、 「まあ、やり手のひとりでしょう。それがどうかしたんですか」 「いえ、昨日ちょっと会っただけですけど」 そう言いながら、開発省の副大臣なら北海道のピーター・シャープと関わりがあっても不思議はないと思った。 「名越重史郎の派閥ですよ。なんでも、彼の秘書をしていたらしいです」 それだけ教えてくれると、 「じゃあ、なるべく早めにお願いしますよ」 と言って、春日居は部屋を出て行った。 |