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第12章
疑惑
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| 一月十八日の未明に、札幌市西七丁目の路上で交通事故に遭ったと思われる被害者が通りがかったタクシー運転手によって発見された。 前夜から小雪が降ったり止んだりの天候で、被害者は降り積もった雪の上に転がされていた。 名前は上川孝史といい年齢は二十九歳。 勤務先は、札幌市中央区南四条西二丁目、つまり札幌の歓楽街であるススキノにある風俗店の店長である。 これが、被害者であり交通傷害保険の被保険者であった。 交通事故による死亡保険金として三千万円の請求であり、金額自体は大きな金額ではない。 保険金受取人は、妻である上川奈美である。 クラントンや美緒の注意をひいたのは、その遺体の状況であった。 報告書には、詳細は書かれていなかったが、地元紙が伝えた記事がコピーとして添付されていた。 それによると、「雪の上に転がっていたためか、遺体は下着までぐっしょりと濡れていた」と書かれている。 北海道に降る雪は本州のような湿った重い雪ではなく、積もっている雪も固く凍っているはずである。 体温で融けた雪がしみこんだとも考えられるが、それにしても下着まで濡らすほどになるだろうか。 それが、ふたりの頭に浮かんだ疑問である。 クラントンが、「どこかで聞いたような話」と言ったのは、ポケットの財布まで濡れていたという成瀬慎次の状況に酷似していたからである。 「まさか、この被害者と今回の件がつながっているとも思わないがね」 「でも、状況はよく似ています」 「いずれにしても、この保険金支払いは保留だな」 その後の警察の捜査がどうなっているかは、報告書には詳しく書かれていなかったが、轢き逃げの疑いがあるので遺体は解剖に付されたらしい。 その結果が出るまでは、保険金の支払いは止めざるを得なかった。 「あの・・・」 と美緒がクラントンの顔を見た。 「なにかね」 「この件、もう少し詳しく知りたいんですが」 クラントンが、にやりと笑って、 「そう言うだろうと思ったよ。札幌へ行ってみるか」 「はい」 と勢いよく返事をしてクラントンを苦笑させた。 「但し、いまは佐々見が療養中だし、ひとりでの行くことになるよ」 「はい、わかっています。別に危険なところへ行く訳でもありませんから、ひとりで大丈夫です」 「危ない行動は厳禁だ。これは俺の命令だよ」 「わかっています」 「佐々見の二の舞は御免だからな。まあ、それを条件に北海道出張を許可しよう」 「ありがとうございます」 許しを得た美緒は、意気込んで部長室を出た。 「なんだか、妙に張り切っているわね」 部屋を出ると部長秘書の麗子が笑った。 「ちょっと北海道へ旅行してくるわ」 「ふーん、でも危ないことはしないでよ。あなたは、ときどき無鉄砲なことをするから」 麗子の危惧も、クラントンと同じである。 「大丈夫よ。お土産でも買ってくるわ」 笑って答えると自分の部へ帰った。 すぐに佐々見の自宅へ電話を入れる。 五回ほど呼び出し音が聞こえたが出る気配がない。 「どこかに出かけたのかしら」 一旦切ってからかけ直す。 今度は、二回目で声が聞こえた。 「留守だったの?」 「えっ、ああ、すみません。ちょっと眠っていたものですから」 「具合が悪いの」 「いや、そんなことはないです」 声を聞いても変わった様子は感じられなかった。 「じゃあ、いいけど。あたし、明日から出張するから、当分行けそうにないわ」 「出張? どこへですか」 「札幌」 「じゃあ、ぼくも行きます。何時の飛行機ですか」 いまにも着替えて出てきそうな気配である。 「馬鹿なことを言わないで。あなたは部長命令で療養休暇中でしょう」 「いや、もう大丈夫です。このまま家に引きこもっていると、別の病気になりそうです」 美緒は笑って、 「さっき、部長にお会いしたら来週からでも出勤させるかっておっしゃってたわ。もう少しの辛抱ね。とにかく大人しくしていなさい。お土産くらい買ってくるから」 無理やり佐々見を納得させて美緒は電話を切った。 |