第13章
北の大地

(1)

 ガタンと大きく機体が揺れて、美緒は目を覚ました。
 いつの間にか、うとうとと眠っていたらしい。
 昨日から、出張のためにバタバタしていたので、その疲れがあったのかも知れない。
 どうやら雲のなかを飛んでいるらしく、機体は小刻みに揺れている。
 機内は珍しく空いていて、隣の座席には誰も座っていない。
 アテンダントがやってきた。
「お飲み物はいかがですか」
「でも、もうすぐ着陸でしょう」
 時計を見ながら言った。
「まだ、もう少しお時間がありますから大丈夫ですよ」
 そう言われて、コーヒーを頼んだ。
 運ばれてきたコーヒーを、隣の空いた席のテーブルを開いて置いた。
砂糖とミルクは遠慮したので、熱いブラックコーヒーをゆっくりと啜った。
 半分ほど飲んだとき、チャイムが鳴ってベルト着用のサインが出た。
 美緒は、慌てて熱いコーヒーを無理に喉に流し込んで、テーブルを上げた。
 アテンダントがやってきて、
「すみません。急がせて」
と謝ってカップを回収した。
 また、機体が大きく揺れて、窓の外を灰色の雲が流れていく。
 窓ガラスに付着した水滴が、尾の長い何匹ものオタマジャクシのように窓の外を足早に滑っている。
 やがて、雲の下に出ると、急に明るくなって下に海が見えた。
 風が強いのか、あちこちで白く波立っている。
 その海の向こうに、陸地が見えてきた。
 白い煙を上げている高い煙突やら、建物が灰色に霞んで見える。
 それを遙か眼下にしながら、少しずつ高度を下げていくと雪を被った林や森が目に入ってきた。
 場合によっては、ゴチャゴチャとした建物群を足元に見て下りる羽田空港に比べると、北海道に来たんだという感慨を覚える。
 着陸態勢に入ったためか、轟音が一段と大きくなった。
 前方にあるモニターに、白く雪に覆われた滑走路が映し出された。
 誘導灯が、せわしげに瞬いている。
 僅かな衝撃があって、飛行機は北の大地に脚を着けた。
 吹き飛ばされた雪が、窓の外で激しく舞い上がっている。
 翼を元の位置に戻してから、長い誘導路をターミナルに向かった。
 新千歳空港ターミナルビルは、四階建ての半円形をした建物で、丸くなった部分を滑走路に向けて建っている。
 十番スポットに入ると、ようやくエンジンの音が消えた。
 バタバタと荷物棚を開く音がして、なにをそんなに急ぐのか、乗客が一斉にまだ開いてもいない前方の出口に向かう。
 ボーディングブリッジが着けられドアが開いてから、美緒はゆっくりと席を立った。
 赤いバレンシアガのボストンバッグとハンドバッグを左手に、コートを右手に抱えて出口へ向かう。
「ありがとうございました」
 アテンダントの声に送られてボーディングブリッジに足を踏み出すと、冷気が体を包み込んだ。
 外を見ると、小雪が舞っている。
 札幌の営業所からは空港まで迎えに来るということだったが、美緒はそれを断っていた。
 車で迎えに来て貰うより、電車に乗ったほうが何倍も早く着くからである。
 地下一階に、JR北海道の新千歳空港駅がある。
 そこから電車に乗れば、三十六分で札幌駅に着く。
 券売機で切符を買ってホームに入ると、電車が待っていて美緒が乗り込むとすぐに発車した。
 空席を見つけて腰を下ろすことが出来た。
 少しの間だけ地下を走り、やがて地上に出ると真っ白な景色が広がった。
 北海道は初めてではなかったが、それでも東京で過ごしている美緒には見飽きない風景が広がっている。
 快速エアポートは、五つの駅を経由して札幌に行く。
 途中の駅で、高校生らしいグループが乗ってきたが、車内の乗客のほとんどは飛行機から降りてきたビジネス客や観光客である。
 札幌に近づくに従って、沿線に林立するマンションが増えてきた。
 止むことなく降り続いている雪は、次第に激しくなってきている。
 札幌近くでは吹雪模様になってきた。
 それでも、遅れることもなく電車は定刻通りに札幌駅に滑り込んだ。
 大勢の客の群れに続いて改札に向かうと、社名が印刷された大型封筒を頭の上に掲げている若い男がいた。
「宗像さん」
 美緒が近寄って声をかける。
 宗像は、以前は東京支社の営業にいて美緒も顔を知っていた。
 その後に、札幌営業所に転勤になっていた。
「ご苦労さまです」
 ニコニコしながら、持っていた封筒を下ろした。
「わざわざ迎えに来て頂いたの?」
「飛行機の時間は伺っていましたので、見計らってお待ちしていました」
「お迎えはいいって、所長さんには言っておいたのに」
「いや、雪がひどくなりましたのでね。せめて駅までは行けと所長に命じられたんです」
「それは申し訳なかったですね」
 宗像は、さりげなく美緒からバッグを受け取って自分で持った。
「ホテルに直行しますか。それとも始業所の方へ?」
 駅舎の出口で宗像が訊いた。
「先ずは、所長さんにご挨拶をしたいわ」
「わかりました」
 宗像は、きょろきょろ見回すようにしていたが大きく手を振った。
 すると、白っぽい乗用車がやってきて止まった。
 運転していたのは、宗像よりも若い男性である。
「彼は札幌育ちですから、雪道の運転は慣れています。ご安心下さい。さ、どうぞ」
 運転席の若い男が、ぺこりと頭を下げた。
「お二人がかりの出迎えなんて申し訳ないわね」
 恐縮しながら美緒が車に乗り込む。
 二人を乗せて、車が札幌の町へ走り出した。
 雪は更に激しく、まるで車を包み込むように降っていた。

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