第13章
北の大地

(2)

 POCI札幌営業所は、駅前の通りを真っ直ぐに南下した角のビルにあった。
 ここから左に行けば、大通公園の東端にあるテレビ塔に行き当たる。
 百四十七・二メートルの札幌のテレビ塔は、大通公園、或いは札幌のシンボルとして観光名所となっていた。
 モデルは、名古屋のテレビ塔だそうで、昭和三十二年に建設されており、東京タワーよりも一年ほど先輩である。
 設計者は、どちらも同じひとである。
 しかし、最近はJR札幌がテレビ塔を上回る百七十三メートルの駅ビルを造り、近くにも超高層マンションが建つなど、タワーの影が薄くなっている。
 そこでという訳でもあるまいが、このテレビ塔を立て替えてようという話が出ている。
 新東京タワー(東京スカイツリーという名だそうである)を四十メートル上回って、六百五十メートルの日本一のタワーにしようという計画である。
 もっとも、巨額の資金が必要なため、実現するかどうかはわからない。
 札幌に何度か訪れている美緒は、札幌の象徴とも言える大通公園に面した
 この営業所が気に入っていた。
 大通公園は、明治四年に立案された都市計画に基づいており、火災を防ぐために確保された空き地が元だそうである。
 南北一・五キロ、幅百五メートル余りで、その中の六十五メートルが公園として整備されている。
 五月にはライラック祭りがあり、夏には公園が巨大なビアガーデンと化し、秋には紅葉が人々の目を楽しませる。
 そして、十二月には公園中がイルミネーションに彩られ、年が明けると札幌最大の行事と言っていい雪祭りが待っている。
 東京には、既になくなりつつある四季の移ろいが人々を楽しませてくれる。
 住んでみたいと思う街のひとつであった。
 もっとも、それは旅人としての美緒の感慨であり、住めばこの街なりの苦労があるのかも知れない。
 そんなことを、外の景色を応接室の窓から眺めながら考えているとドアがノックされた。
「どうも、ご苦労さまです」
 眼鏡を光らせて入ってきたのは、札幌営業所所長の中西である。
 まだ、三十代後半にかかったばかりで若い。
 去年の春に仙台から所長として赴任してきたばかりで、美緒とは面識がなかった。
「お世話になります。調査部の若狭です」
 美緒は丁寧に挨拶をし、
「調査部の副部長さんが、わざわざお見えとは恐縮です。さあ、どうぞ」
 美緒のシニア・インベスティゲイターというややこしい肩書きは、実際は上級調査員という意味である。
 しかし、極東統括支社内では副部長と便宜的に呼ばれている。
 営業職とは職制が異なるが、専門職としては営業所長よりは上になる。
 若い女性社員が、コーヒーを運んできた。
 彼女らの間でも美緒の名前は知られていて、そのために緊張したのか、コーヒーカップをカタカタ鳴らしながらテーブルに置いた。
「なにか、上川さんの事故について、ご不審をお持ちだとか」
 しばらく、当たり障りのない会話があって、所長の中西が切り出した。
「不審というより、横浜で同じような件がありまして、それで状況を知りたいと思ったんです」
「なるほど」
 横浜の事件がどういうものなのか、まったく興味がないらしく、尋ねもしないで中西は頷いて抱えてきたファイルを開いた。
「この事故が起きたのは、一月十八日の未明でした。発見したのはススキノから酔客を送って行って帰りのタクシーの運転手です」
 ファイルの書類を見ながらの説明であったが、内容は報告書の中身と変わりはなかった。
「遺体の状況なんですが、下着までぐっしょりと濡れていたって新聞記事にはありますが事実なんでしょうか」
 美緒も、携えてきた報告書を見ながら訊く。
「ええ、その辺は報道以上のことはわかっていません。警察のほうも、まだ轢き逃げの犯人を捕らえていないようですし。でも、この季節ですから現場では雪が降り続いていました。そのせいで濡れていたのではないでしょうか」
 そのことがなんの関係があるのか、中西には理解が出来ないような様子である。
「警察は、轢き逃げと断定しているんですか」
「そうらしいです。新聞にもそのように出ていましたから」
「発見された現場を見たいんですけど」
「なにも残っていないと思いますが、ご覧になりますか」
 そう言って外を見た。
「もう、暗くなってきましたが、宗像に案内させましょう」
 気軽に言うと、宗像を呼んだ。
「運転は、やはり谷田に頼むか」
 さっき、駅まで迎えに来てくれたのは谷田という社員らしい。
「いえ、近いですから歩いて行きましょう」
 大体の場所は、美緒にも判断出来たので車での案内は断った。
「あとで、お食事でもいかがですか」
 中西は、極東支社からの客に気を遣った。
「今日はホテルで済ませますから」
と誘いを断って、宗像と一緒にビルを出る。
「うまい具合に雪が小降りになったようですね」
 宗像が、美緒の旅行バッグを強引に自分が持った。
「滑らないように気をつけて下さい」
 しかし、歩道は除雪がされていて、ほとんど心配はない。
 大通公園に沿って西に向かって歩を進める。
 北国の日暮れは早く、もう明かりが輝きを増している。
「札幌はお詳しいですか」
「詳しいってことはないけど、何度か来たことがあるわ」
 途中は金融関係のビルやら商事会社のビルが並んでいる。
「向こうが、お泊まりになるホテルです」
と宗像が公園の反対側を指さして、
「被害者が倒れていたのはこの辺りです」
 こんどは、信号の手前で公園の中を示した。
 二人は、信号が変わるのを待って渡り、公園の中へ入った。
 雪に覆われていて、地面は見えない。
 美緒は、ブーツのかかとで蹴ってみたが、新雪が積もっていて柔らかかった。
 こんどは、しゃがみ込んで手袋を外した手で雪を掴んでみる。
 そこへ、
「なにか探し物ですか」
と男の声がして、ぎくりとして美緒が顔を上げた。
 暗い中に、コートを着た男が立っていた。

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