第13章
北の大地

(4)

 美緒の話を聞き終えた昆野は、ふーと大きな息をついた。
「そんな事件が背景にありましたか」
「でも、こちらの被害者の方とは関係はないと思いますけど」
という美緒に、昆野が目を向けた。
「若狭さんが内情までお話し下さったので、私のほうも差し支えのない範囲でお話し致しましょう。実を申しますと、この事件は轢き逃げ事件として処理されようとしていたのです。ところが、被害者を見た一人の警官が不審を持ちましてね。その結果、解剖に付することになったんです」
「それで、結果は?」
「まだ公表をしておりませんので、それはご勘弁下さい。ただ、恐らく若狭さんが推理しておられることと同じだと思いますよ」
 意味深長なことを言って、昆野が美緒の顔を見た。
 美緒は黙って頷いたが、一緒にいる宗像には、何のことやらさっぱりわからなかった。
「それで、捜査一課の昆野さんが乗り出された訳ですか」
「まあ、そういうことです」
と言って、昆野は何か考えていたが、
「この件、神奈川県警の山鹿警部にお伝えになったほうがいいのではありませんか。私がお伝えしてもいいのですが、まだ関連性があるかどうか不明ですし、お会いしたこともないので、他県の警察本部に伝えるのには憚りがありますのでね」
「ということは、昆野さんは、この件が横浜の事件とが関係があるとお思いなんですか」
「いや、いまも申し上げたように、何とも言えません。ただ向こうの参考にはなるのではないかと思っています」
「わかりました」
と答えながら、美緒は思案していた。
「いずれにしても、貴重な情報を頂いてい感謝しています。札幌にはいつまでいらっしゃいますか」
「二、三日はいると思います」
「じゃあ、また何かお伺いすることがあるかとも思いますが、その節はよろしくお願いします。会社のほうへお電話して構いませんか」
「それでしたら、携帯のほうへお願いします」
「携帯ですね」
 先に渡した名刺を取り出して番号を確かめた。
 そこに書いてあるのは、会社から貸与されている携帯の番号であり、個人用の番号とは違っていて何の差し支えもない。
「わかりました。いや、本当にいい方にお目にかかりましたよ」
 昆野が伝票を持って立ち上がった。
「あの、それは」
と手を出しかけた美緒を制して、
「貴重なお話を伺ったんです。お茶くらい奢らせて下さい。ご心配なく、これは私の小遣いで支払いますから」
 笑いながら言うと、先にレジに向かって歩き出した。
「ホテルはどちらですか。お送りしましょうか」
 美緒が微笑んだ。
「もう送って頂いています。このホテルです」
「なんだ、そうでしたか。でも、私は泊まったことがありませんが、高そうなホテルですね」
と吹き抜けを見上げながら余計な心配をした。
 吹き抜けは最上階まで続いていて、そこをエレベーターが上下している。
「それほどでもないんですよ」
と言う美緒の言葉を聞いて、昆野はフロントの手前で、
「それでは何かありましたらお電話を下さい」
と言って会釈をするとロビーを出て行った。
 どこまでも、低姿勢な警部である。
「遅くまで付き合わせてごめんなさいね」
 宗像から荷物を受け取りながら言う。
「とんでもないです。我々には経験出来ないことを見させて頂きましたよ」
「宗像さんは、自宅は遠いの」
「いや、地下鉄で二十分ほどです。東京と違って近いものですよ。それはいいけど、お食事はどうされますか」
「ホテルのレストランですませるわ」
「そうですか。じゃあ、僕はこれで」
 何か、名残惜しそうな宗像と別れて、フロントで宿泊手続きを行った。
 ベルボーイが荷物を持ってエレベーターに案内してくれる。
 シースルーのエレベーターは、広いロビーを見下ろしながら上がって行った。
 案内されたのは、八階の大通公園に面した部屋である。
「どうぞ、ごゆっくり」
とベルボーイが去ってから、美緒はすぐに暖房のスイッチを切った。
 スーツの上着を脱いでから、大きな窓から外を見ると、雪が一段と激しくなっているようだった。

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