第13章
北の大地

(5)

 昆野は、山鹿警部へも伝えておいたほうがいいと言ったが、果たして部外者である自分が電話をしてもいいものかと迷った。
 山鹿警部は、会って話していると気さくで、警察官には珍しく腰の低い人間である。
 しかし、なんと言っても相手は警察官である。
 やはり自分から電話をするには躊躇した。
 そこで、亜理沙に相談してみることにした。
 彼女なら、山鹿とは以前からの知り合いだし、自分よりもずっと親しかったから、なにかいい考えがあるかも知れないと思った。
 時計を見ると、八時前であり電話をするのに支障はないと思った。
 亜理沙の携帯に電話をするが、返ってきたのは電源切断か、圏外というものだった。
 しばらく考えた美緒は、那珂川裕也へ電話をすることにした。
 裕也は、いまは盛岡にいる筈である。
「はい、那珂川」
 二、三回コールして、元気のいい返答が聞こえた。
「POCIの若狭です」
「えっ、若狭さん?」
 聞こえてくる周りの音が賑やかである。
「若狭美緒です」
「ああ、美緒さん」
「お仕事中、すみません」
「いや、いまは食事中です。盛岡名物のわんこそば屋ですから、ちょっとうるさいでしょう。いや、私は普通の蕎麦ですが」
と訊きもしないことを教えてくれる。
 もちろん、口にしているのは蕎麦だけではないだろう。
「なにかありましたか?」
「いま、札幌にいるんです」
「札幌?」
「ええ、実は気になることがありまして」
 美緒は、大通公園で発見された遺体の状況が、横浜で見つかった成瀬慎次の状況とよく似ていることなどを説明した。
「ふん、ふん。なんだか面白そうな話ですね」
 さすがに、東京デイリーニュース社会部のトップクラスの遊軍記者は鼻が利く。
 美緒が危惧していることを、敏感に読みとった。
「ここで、お酒なんか飲んでいる場合ではないな」
「それで、こちらの警部さんが山鹿警部さんにも伝えたほうがいいのではと仰っているんです。どうしたものかと思って、亜理沙さんにお電話をしたんですけど通じなくて」
「多分、どこかで食事でもしているんでしょう」
 裕也があっさりと言った。
 レストランで食事中なら、電源を切っていることも頷ける。
「山鹿警部には、こちらから伝えますよ。盛岡には武山刑事もいますから」
 神奈川県警捜査一課の刑事で、山鹿の部下である武山刑事も、横浜の事件との関連性を調べるために盛岡に飛んでいた。
「お願いします。そちらのほうの進展はありましたか」
「いや、全然ありませんね。例の佐藤刑事も独自に動いているようですが、いまのところ五里霧中という感じです」
そう言われて、美緒は佐藤巡査部長の木訥な顔を思い出した。
「そうそう、例の龍波さんも独自のルートで探っているらしいですよ」
「えっ、龍波さんもそちらに行っているんですか?」
 それは、美緒も知らないことだった。
「昨日の晩に、ホテルに訪ねて来られましたよ。なんでも知り合いの人がいるとかで、その線から当たってみると言っていました」
 龍波の知り合いといえば、裏社会の人間に違いない。
 死亡した仲井伸吾も裏社会の人間である以上、龍波がその筋を当たるのは当然と言っていい。 
「美緒さんは、その札幌の事件と成瀬慎次の事件と関係があると思われますか?」
「遺体の状況が似ているだけで、いまのところは」
 美緒は正直に、思っていることを伝えた。
「そうですね。しかし、無関係というには、あまりにも状況が似すぎていますね。これは詳しく調べてみる必要がありそうです」
 似てはいるが、もし全てが関連性があるとすれば、とんでもない事件である。
 東京六本木の会社で起きた個人情報の流出時間が、岩手のスキー場から横浜へ移った。
 そして、東京のど真ん中で佐々見が襲われ、再び岩手の盛岡で事件が起こり、更には海峡を越えて北海道にまで広がったことになる。
 想像しただけで途方もない事件である。
 そんなことを考えていると、
「もしもし?」
 電話の向こうで裕也が呼びかけている。
「あ、すみません。はい」
「美緒さん、どちらにお泊まりですか?」
 問われて、宿泊しているホテルの名前を告げた。
「ひょっとしたら、私も札幌へ行くかも知れませんが、その節はよろしく」
「わかりました」
 ひょっとしたらなどと言っているが、裕也の気持ちは既に津軽海峡を越えているのに違いない。

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