第14章
悲恋伝説の岬

(5)

 何回目かのトンネルを抜けて、タクシーは海沿いの道を走っていた。
さすがに空はどんよりとして、風が強く海は荒々しく白い牙を剥いている。
 雪も多くはなかったが、間断なく吹き付けていた。
 運転手は小さな橋を渡ってから、
「この辺が美国ですが、どこへ行きますか」
と訊いてきた。
「警察へお願いします」
「積丹は余市の警察の管内で、駐在所しかありませんが、そこでいいですか」
「お願いします」
 案内された駐在所は白い木造の小さな建物で、小高い丘を背にした積丹町役場のすぐ前にあった。
「ちょっと待っていて下さい」
 運転手に声をかけてから、裕也が車を出て美緒も後に続いた。
 寒風が吹き付けてきて、コートの中まで突き刺さってくるようである。
 半円形の屋根がある入り口から入ると、更にもう一つドアがある。
 雪を防ぐための工夫だが、それが美緒には珍しかった。
 警察官の姿はなく、声をかけるとしばらくして中年の女性がエプロンで手を拭きながら出てきた。
 駐在警察官の妻らしく、家事でもしていたのであろう。
「いま、警らに出ていますが、なにか?」
 裕也の後ろに立っている若い女性に、興味深げな視線を送りながら訊いてくる。
「こちらに、道警本部の警部さんはいらっしゃっていませんか」
「いいえ」
「女性の遺体が見つかったと聞いたんですが」
「ああ、あれですか」
 納得したように頷くと、
「あれは、入舸の方ですよ」
「いりか?」
「ええ、見つかったのは女郎子岩の近くの海岸ですので、入舸の方が近いんです」
「ここから遠いですか」
「そうですねえ。今年は雪も少ないし、一時間もあれば行くと思いますけど、タクシーだとどうですかねえ」
と表に止まっているタクシーを見ながら首を傾げた。
「どうしますか」
 裕也が美緒の顔を見た。
「運転手さんに訊いてみましょう」
 礼を言って去ろうとすると、
「札幌からですか」
と訊かれた。
「いえ、東京からです」
「まあ、それは大変ですねえ。こんどはぜひ雪のない時期においで下さい」
 そう言って、入り口まで送ってくれた。
 二人が外に出ると、一台の四駆が車体を揺らしながらやってきて止まった。
 屋根に赤い回転灯が付いている。
 四人の男たちが下りてきて、止まっているタクシーにチラッと目をやり、立っている二人を横目に見ながら駐在所の中へ入ろうとした。
 その中のひとりが、「おや?」という感じで足を止めた。
「若狭さんじゃないですか」
「警部さん」
 男は、札幌で知り合った北海道警の昆野警部である。
「どうしたんですか。こんなところまで」
 昆野は、他の三人に先に駐在所へ入るように指示をしてから、美緒のところまでやってきた。
「警部さんから、上川奈美さんの遺体が見つかったと伺ったので。奈美さんは保険金の受取人ですから無関係ではないのです」
「それは、そうでしょうが」
 言いながら、横にいる裕也を見た。
「ああ、こちらは知り合いの東京デイリーニュースの那珂川裕也さんです」
「那珂川です」
 裕也が軽く頭を下げ、昆野も会釈を返した。
「記者さんですか」
 そう言って、少し困ったような顔をした。
「あの、上川奈美さんに間違いはないのですね」
「間違いありません」
「まさか、奈美さんも」
と、美緒はその後の言葉を飲み込んだ。
「いや、死因は自殺です」
 美緒の想像を察したように昆野が言った。
「自殺・・・」
「若狭さんには貴重な情報を頂いていますので、差し障りのないことだけお話ししますが、崖の上から身を投げたものと思われます。内容は申し上げられませんが、遺品から遺書が発見されました。それがはっきりしたので、私も一足早く引き上げてきたんですよ」
「どうしてそんなことに」
 上川奈美は、自分よりも若い筈である。
 それが荒れる日本海から雪と風が吹き付ける断崖の上に、死を決意して立つ姿を想像して、美緒は胸が締め付けられる思いだった。

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